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横浜地方裁判所 平成6年(ワ)2855号 判決 1996年2月16日

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告らは、原告に対し、各自金六九四万八〇〇〇円及びこれに対する平成六年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求(主位的、予備的各請求につき共通)

被告らは、原告に対し、各自金七九九万円及びこれに対する平成元年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告株式会社乙山社(以下「被告乙山社」という。)の代理人である被告丙川ハウジング株式会社(以下「被告丙川ハウジング」という。)から別紙物件目録記載の建物(以下、一棟の建物を「本件マンション」といい、専有部分の建物を「八〇八号室」という。)を買い受けた原告が、被告らが本件マンションの東側、八〇八号室からの眺望等を阻害する位置にバーデンファミリエ丁原という名称のマンション(以下「本件東側マンション」という。)の建築計画(以下「本件建築計画」という。)があることを故意又は過失により秘したまま原告に八〇八号室を売却したことにより(主位的請求)、若しくは、被告らが八〇八号室売却後、同室からの眺望等を阻害してはならないという信義則に違反して本件東側マンションを建築したことにより(予備的請求)、八〇八号室の価格が下落するという財産的損害を被ったとして、被告らに対し、各請求につき債務不履行ないし不法行為(選択的併合)に基づく損害賠償請求(右下落分及びこれに対する後記本件売買契約の日である平成元年一二月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)をした事案である。

一  争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実

1 原告は、不動産鑑定士、税理士及び公認会計士の資格を有する者である。被告乙山社は、土地建物の売買及び建築請負工事を業とする株式会社である。被告乙山社は、昭和五五年以前から、本件マンション及び本件東側マンションを含む数棟のマンションなどの敷地を所有ないし共有し、その一帯を「戊田の里」と命名してリゾート開発を行っており、後記本件売買契約当時既に、本件マンションのほぼ東方に、「バーデン甲田」、「バーデン乙野」、「バーデン丙山」及び「クーアプラザ丁川」とそれぞれ名付けられたリゾートマンションを建築所有していた。被告丙川ハウジングは、土地建物の売買の仲介を業とする株式会社であり、本件マンション及び本件東側マンションを分譲する際の被告乙山社の代理人である。そして、被告乙山社の従業員数人が本件マンションの販売員として被告丙川ハウジングに出向していた。

2 被告乙山社代理人である被告丙川ハウジングは、原告に対し、平成元年一二月一七日、本件マンション東面最上階の北側から三室目に位置する八〇八号室を三九六六万四七〇〇円で売却した(以下「本件売買契約」という。)本件マンションは、平成三年七月一七日ころ完成した。

3 被告乙山社は、本件東側マンションを建築するに当たり、平成四年六月五日草津町との間で用水計画等を内容とする協定書に基づく合意をし、同年九月二日開発許可を、同年一〇月七日建築確認をそれぞれ取得し、平成六年一二月八日ころ本件東側マンションを完成させた。本件東側マンションは、本件マンションの東側約数十メートル隔てた場所に位置する、鉄筋コンクリート造地上一一階建のマンションである。

4 本件東側マンションが建築されたため、それまでは遠くの草津町方面の山脈等を望むことができた八〇八号室からの眺望は、阻害されることになった。

二  争点

1 被告らは、原告に対し、本件東側マンションの建築計画を故意に秘して、又は本件建築計画を説明すべき注意義務に違反し、右説明をせずに本件売買契約を締結したか。

(一) 原告

(1) 被告らは、本件売買契約当時、本件建築計画を既に有していたが、本件建築計画を公表すると本件マンションの分譲に悪影響が生じると考え、これを故意に秘したまま、又は信義則上本件建築計画を説明すべきであるのにこれをせずに原告との間で本件売買契約を締結した。

被告らの、右故意に秘して原告をして右契約締結に至らしめた行為は詐欺であり、共同不法行為に該当し、また、右説明義務違反の点は契約締結上の過失を構成し、債務不履行に該当する。

(2) 本件売買契約書及び八〇八号室の重要事項説明書には、特約事項として、「本件マンションの敷地周辺において、将来、被告乙山社又は第三者によって中高層建物が建築される場合があることを原告が異議なく承諾する」旨の条項(以下「本件特約条項」という。)が存在するが、原告は、本件特約条項を認識していなかったし、被告らはその説明をしなかった。したがって、原告は、被告らとの間で、本件特約条項の合意をしていない。

(二) 被告ら

(1) 被告乙山社は、平成三年一一月ころ本件建築計画の検討に入った。したがって、被告らは、本件売買契約当時、本件建築計画を有していなかった。

(2) 八〇八号室の重要事項説明書には、本件特約条項が存在しており、本件売買契約当時、原告は被告らとの間で、本件特約条項のとおり合意している。

(三) 被告丙川ハウジング

被告丙川ハウジングは、平成元年一〇月一六日、被告乙山社より本件マンション分譲の業務委託を受け、そのころ同被告との間で業務委託契約を締結し、同被告の指示と承認の下に本件マンション分譲の代理業務に従事していたものであり、同被告が本件建築計画を有していたことは知らなかった。

2 被告らによる本件東側マンションの建築が原告に対する信義則違反に当たる(債務不履行若しくは不法行為)か。

(一) 原告

被告らは、本件売買契約当時、本件マンションの広告用のパンフレットなどには本件マンションが眺望景観等に優れていることを強調するような写真を載せ、右パンフレットや現地の説明看板等には本件建築計画について何らの記載もしていなかった。また、被告らの販売員も、本件売買契約締結前、八〇八号室の眺望の良好さを強調していた。

そのため、原告は、八〇八号室が眺望景観に優れ、プライバシーの保護も図れることを主な理由として本件売買契約を締結した。

ところが、被告らは、本件売買契約を締結するに当たっての原告の動機、及び本件東側マンションを建築することによって八〇八号室の眺望等が阻害されることを知り、又は十分知り得ながら、被告乙山社が本件マンションの東側に本件東側マンションを建築し、被告丙川ハウジングが本件東側マンションの完成前に本件東側マンションの分譲業務を行うなど、被告乙山社による本件東側マンションの建築に加担する行為を行ったことにより、八〇八号室からの本件マンション東側の眺望が阻害された上、本件東側マンションから八〇八号室を含む本件マンションの各部屋を覗くことが可能になったため、原告のプライバシーも保護されなくなってしまった。

(二) 被告ら

被告らは原告に対し、本件特約条項を説明し、原告もこれを十分に検討した上、承諾している。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件建築計画の存否等)について

主位的請求に関する原告の主張は、本件売買契約当時本件建築計画があったことを前提とするものであるところ、本件建築計画については、前記第二、一に記載したとおりの推移があるが、右事実によっては、本件売買契約当時、本件建築計画が既に存在したという原告主張の事実を推認するには足りない。

証人甲野花子は、同証人が本件東側マンション建築現場を訪れた際、被告らの現地詰所の係員の一人が最初から本件東側マンションの建築計画があった旨述べた旨証言するが、右証言を補強する証拠は存在しない上、「最初」というのが本件売買契約前であることを示す的確な証拠もない。したがって、右証言を原告主張の事実を裏付ける証拠として採用することはできない。

また、被告乙山社が、前記のとおり、本件マンション及び本件東側マンションの各敷地を含む一帯の土地に数棟のマンションなどを建築するなどの総合的なリゾート開発をしている事実に鑑みれば、同被告は、右リゾート開発開始の当初からマンションなどの総合的な建築計画を有していたのではないかと推測されるところではあるが、右総合的な計画の中に当初から本件東側マンションの建築計画までが当然に含まれていたことを裏付ける証拠はなく、かえって、後記二で述べるとおり、本件マンションの売出しに際し作成された各種パンフレットに本件東側マンションの記載はない上、《証拠略》によれば、被告乙山社及び共有者らは、草津観光物産販売協会に対して本件東側マンションの敷地の一部を本件売買契約の前である昭和六三年六月一四日に売却し、本件売買契約後に右売却土地を買い戻した上で本件東側マンションの建設に取り掛かったことが認められるのであって、右の諸事情に徴すれば、右総合的なリゾート開発の事実から被告乙山社が本件売買契約当時本件建築計画を有していた事実までを認めることはできない。他に原告主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。

二  争点2(信義則違反の有無)について

1 《証拠略》によれば、被告らは、本件マンションを宣伝する各種パンフレットなどに「温泉街を見下ろす高台に」、「遥かに白根火山を眺望し、真近に草津の町並みを見下ろす日々」、「草津の町を眺望する」、「草津の町を一望し」などの宣伝文句に加え、本件マンションの近隣マンションの最上階のバルコニーから草津町を望む、眺望の良好さを強調するような写真を配していること、本件売買契約当時、本件東側マンションが建築された付近には白樺や雑木等の樹木が生い茂っていたし、本件マンションについての各種パンフレットなどに記載された本件マンション周辺のイメージ図にも、本件マンション東側に隣接して四面のテニスコート及び更にその東側にかなり広い範囲にわたって樹木が描かれており(右樹木の位置に本件東側マンションが建築された。)、少なくとも右イメージ図からは、本件マンションの敷地付近に本件東側マンションのような高層建築物の建築を予想することは不可能な状況であったこと、被告乙山社から被告丙川ハウジングに出向していた販売担当員で宅地建物取引主任の資格も有する戊原松夫(以下「戊原」という。)は、本件売買契約締結前、原告夫婦を現地に案内し、未だ建築途中であった本件マンションの代わりに、草津町を眺望できる被告乙山社管理に係る近隣マンションの一室に宿泊させた上、翌日、本件マンション建築現場を案内した際、当時は雑木等の樹木が生い茂っていた、本件東側マンション敷地近付の将来における利用状況についての原告の妻の質問に対し、「植栽になる筈である」旨答えていること、本件マンションの西側一帯は広い範囲にわたって国有林となっているところ、原告が八〇八号室を選択する際、戊原は「西側の木の緑を採るか、東側の町の眺めを採るか」という趣旨の説明をしていること、本件マンションの各部屋の占有面積の単価は概ね上階にいくほど高額になっており、八〇八号室のそれは同じ列の一階の部屋に比べ約二六パーセント高くなっていること、原告は、自分の経営する税理士事務所及び監査法人の職員の福利厚生等を考え別荘を探していたが、本件マンションが温泉地にある上、前記近隣マンションでの宿泊の体験から、草津町を見下ろし、遠方に山並みを望む眺望の良好さを主な動機として八〇八号室の購入を決意したこと、被告丙川ハウジングは、本件東側マンションの各種パンフレット及び現地の看板等に被告乙山社の販売代理人としての表示をし、本件東側マンション完成前から本件東側マンションの分譲業務を行っていること、以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

2 右1の認定事実によれば、被告らが原告に対し、八〇八号室を販売する際、同室からの眺望の良好さを大きなセールスポイントとし、本件マンション各室の価格を設定する場合も、眺望の良好さを要素のひとつとしていたことが窺える。そして、原告は、本件マンションのパンフレット類及び販売担当者の説明等から、本件東側マンションの敷地に建物が建築される可能性がないことを信頼して本件売買契約を締結したものと認められ、被告らもまた、原告がそのような信頼を抱いて右契約に及んだであろうことは、右の説明等をはじめとする本件売買契約の締結に至るまでの経緯により、十分窺い知ることができたものと解される。このような経緯により形成された原告の信頼は、法的に保護されるべきものであり、被告乙山社は、原告に対し、八〇八号室の眺望を阻害する本件東側マンションのような建物を建築しないという信義則上の義務を負うものというべきであり、また、被告丙川ハウジングも、本件東側マンション完成前から本件東側マンションの分譲業務を行うなど、被告乙山社による本件東側マンションの建築に加担するような行為を行わないという信義則上の義務を負うものというべきである。

被告らは、本件特約条項の存在を根拠として、原告は本件売買契約の際、本件東側マンションのような建物の建築を事前に承諾していたはずであると主張し、証人戊原松夫は、本件売買契約締結に先立ち原告に対し本件特約条項の趣旨を説明していた旨証言する。

しかしながら、右の証言は、<1>同証人の証言のうち、本件売買契約における特約事項のうち「温泉」についての説明に関する部分は具体的かつ明確であるのに対し、本件特約条項に関する部分はまことに曖昧で一貫性に欠けること、<2>戊原は、原告に対する説明を行った当時、被告らが本件マンションの東側を含むその周辺に中高層建物を建設する計画を持っていたかどうかさえ知らず、これに関する資料も全く持ち合わせてはいなかったこと、<3>戊原の原告及びその妻に対する説明についての右1の認定事実並びに前記戊原証言に反する証人甲野花子の証言及び原告の供述に照らし、信用することができない。また、本件売買契約書や重要事項説明書には本件特約条項が記載されてはいるが、同条項は、本件マンション建設地を含む「戊田の里」一帯に次々と建設されたリゾートマンションの売却に際して共通の事項として規定されてきた条項であり、このように一帯に次々とリゾートマンションが建築、売却されてきた当時には必要性の高い規定であったことは確かであるが、本件売買契約当時のように、本件マンション付近における後続のリゾートマンション建設計画が存在したとはいえない本件においては、本件特約条項はいわば殆ど例文に近いものということもできるのであって、担当者から同条項について具体的かつ明確な説明が行われない以上、同条項を記載した書面の授受があったからといって、これにより原告が本件特約条項を承諾し、本件東側マンションのような建物の建築を予め承諾していたとは認められないものというべきである。

そして、本件東側マンションの規模及び本件マンションに対する位置関係によると、被告らは、本件東側マンションを建築することにより八〇八号室の眺望を阻害する可能性があることを予想し、又は容易に予想できたものと認められる。

したがって、被告乙山社が八〇八号室からの眺望を阻害する本件東側マンションのような建物を建築すること、及び被告丙川ハウジングが本件東側マンション建築前に本件東側マンション各室を分譲するなど、被告乙山社による本件東側マンションの建築に加担することは、いずれも前記信義則上の義務に反する違法な行為に当たり、被告らには故意又は過失があるから、被告らの右各行為は共同不法行為を構成するというべきである。

三  損害について

以上によれば、原告は、本件東側マンションの建築によって八〇八号室からの眺望が阻害されたことにより、財産的損害を被ったことが認められる。

そして、《証拠略》によれば、原告は、右眺望阻害により八〇八号室の眺望景観分に相当する価値の下落という損害を受けたこと、右眺望景観分としては、最上階である八〇八号室が一階部分よりその専有単価が約二六パーセント高いとされるもののうちの二〇パーセント分をもって相当であることが認められ、したがって、右の損害は、別紙計算書のとおり六九四万八〇〇〇円と認められる。

原告は、本件東側マンションから八〇八号室を覗かれることによるプライバシーの権利の侵害を根拠とする財産的損害も主張しているが、本件全証拠によっても、原告が本件東側マンションの建築により金銭に換算し得る程度にプライバシーの権利が侵害されたと認めることはできない。

なお、本件東側マンションが完成した平成六年一二月八日には遅くとも被告らの右信義則違反の行為があったと認められるから、遅延損害金は同日以降発生するものと解される。

第四  結論

以上の次第であるから、原告の主位的請求は、理由がないからこれを棄却し、原告の予備的請求は、主文第二項の限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木敏之 裁判官 三井陽子 裁判官 菊地憲久)

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